私の育った実家は、いわゆるゴミ屋敷でした。母は物を捨てられず、父は無関心。家の中には常に古い雑誌と服の山があり、私はその隙間で宿題をし、眠るという生活を送ってきました。友達に家を知られるのが怖くて、放課後はいつも図書館や公園で過ごしました。そんな私は、大人になり、誰よりも「清潔」に執着するようになりました。私の部屋はいつもモデルルームのように整い、埃一つ落ちていないことが自尊心の支えでした。しかし、今の夫と結婚し、子供が生まれたとき、私の心の中に潜んでいた恐怖が目を覚ましました。子供のおもちゃが床に散らばり、洗濯物が少し溜まっただけで、私は激しいパニックに襲われるようになったのです。「このままでは私も母のようになってしまう」「私の家もゴミ屋敷になるのではないか」という強迫観念が、私を追い詰めました。私は夫に対しても、少しの散らかりも許さず、ヒステリックに怒鳴り散らすようになりました。清潔に保とうとすればするほど、家族の笑顔が消えていく。私の結婚生活は、実家のゴミ屋敷のトラウマによって、別の形の地獄へと突き進んでいたのです。夫はある日、私に言いました。「ここは君の実家じゃない。ゴミが少しあっても、君の価値は変わらないし、僕たちの家は壊れないよ」と。その言葉を聞いて、私は初めて、自分がゴミの山ではなく、ゴミへの恐怖に縛られていたことに気づきました。私はカウンセリングを受け、自分が抱えていたアダルトチルドレンとしての傷と向き合い始めました。そして、実家のゴミ屋敷をどうにかしなければならないという思いから、専門の業者に依頼して実家を片付ける決断をしました。両親を説得し、業者の力を借りて数十年分のゴミを捨て去ったとき、私はようやく、自分の過去と決別できた気がしました。ゴミ屋敷という環境は、世代を超えて連鎖し、負の遺産として子供の心に影を落とします。でも、それを断ち切ることは可能です。結婚は、その連鎖を止めるための最高のチャンスでもあります。私は今、完璧な清潔ではなく、家族がくつろげる程度の「適度な散らかり」を許せるようになりました。それが、ゴミ屋敷で育った私が辿り着いた、本当の意味での幸せな結婚生活の形なのです。ゴミの山を取り除いた後に現れたのは、親を憎む心ではなく、ただ静かに広がる、新しい人生の余白でした。