ゴミ屋敷火災の現場を数多く調査していく中で浮かび上がるのは、住人のだらしなさという表面的な問題ではなく、深い心理的な孤立と「セルフネグレクト(自己放任)」という深刻な精神状態です。火災が発生するほどの劣悪な環境に身を置きながら、なぜ住人はゴミを捨てることができなかったのか。その背景には、大切な人を失った喪失感や、社会的な役割を失ったことによる絶望、あるいは認知機能の低下といった、一人の人間が抱えきれないほどの重荷が存在しています。彼らにとってゴミの山は、外部の厳しい社会から自分を守るための「心の防壁」であり、そこを片付けることは自分自身のアイデンティティを崩壊させるような恐怖を伴う作業なのです。火災という極限の事態が起きるまで、周囲が彼らの孤独に気づけなかった、あるいは気づいていても介入できなかったという事実が、現代社会の繋がりの希薄さを物語っています。火災が発生した際、住人がゴミの中から逃げ出そうとせず、大切なゴミを火から守ろうとして命を落とすケースが稀にありますが、これは彼らにとって物が自分の一部となってしまっている悲劇的な執着の現れです。また、セルフネグレクトの状態にある人は、自分を大切にするという意識が欠如しているため、火災報知器の設置やタバコの始末といった基本的な安全管理すらも「どうでもいい」と感じてしまいます。この無気力こそが、ゴミ屋敷を火災の温床に変える最大の要因と言えるでしょう。火災をきっかけに住環境が白日の下に晒されたとき、周囲は非難の声を浴びせがちですが、本当に必要なのは、なぜそこまで追い詰められてしまったのかという共感的な視点です。ゴミ屋敷火災を防ぐための根本的な対策は、物理的な清掃だけでなく、住人の心のケアや、地域社会との再接続を含む包括的な支援でなければなりません。火災という悲劇的な結末を迎える前に、孤独な住人が発している静かな助けを求めるサイン、すなわち「ゴミの堆積」というメッセージを地域が受け止め、手を差し伸べることが、火の出ない街を作るための真の近道なのです。ゴミ屋敷は心の病理が物質化したものであり、その解消には物質へのアプローチと同じくらい、心へのアプローチが重要であることを、私たちは火災の傷跡から学ばなければなりません。