暗闇の中で目を覚ますと、すぐ数センチ上に天井のクロスが迫っている。これが私の日常でした。私が住んでいたのは、世間では「ゴミ屋敷レベル10」と呼ばれるような、もはや家とは呼べない廃墟でした。最初は、仕事のストレスからコンビニ弁当の容器を一つ捨てられなかっただけ。それが積み重なり、気づけば床が見えなくなり、腰の高さまでゴミが積もり、最後には部屋の容積の九割が廃棄物で埋め尽くされました。レベル10の生活というのは、排泄さえも自由にはできません。トイレへの道はゴミで塞がれ、ペットボトルや袋に用を足すしかありませんでした。夏場には、その汚物と生ゴミが混ざり合い、言葉では言い表せないほどの発酵臭が充満します。それでも私は、そのゴミの山の上に横たわり、スマートフォンだけを見つめて生きてきました。窓は一度も開けることができず、日の光が入ることもありません。自分がどのような姿をしているのか、鏡を見ることもなく、ただ社会から取り残された絶望感だけが、ゴミの山と同じように積み上がっていきました。近所の人たちが私の家の前を通る際、鼻を突き、小声で「あの家、おかしいわよ」と囁き合うのが聞こえるたびに、私はゴミの山をさらに高く積み上げて、自分を隠そうとしました。レベル10のゴミ屋敷は、私にとってのシェルターであり、同時に私を窒息させる檻でもありました。ある日、行政の人が無理やり扉をこじ開けて入ってきたとき、私は怒りよりも先に、これでようやく終われるのだという安堵感を感じました。数日かけて、私の人生のすべてだと思い込んでいた数トンものゴミが運び出されていく光景を、私は呆然と眺めていました。ゴミがなくなった後の部屋は、あまりにも広く、そして冷たかった。床は腐り、壁はカビだらけで、私がどれほど異常な環境に身を置いていたかを突きつけられました。ゴミ屋敷を片付けたからといって、失われた十数年の歳月が戻ってくるわけではありません。私はレベル10のゴミ屋敷の中で、若さも、健康も、友人も、すべてを捨て去ってしまったのです。今、私は小さなアパートで暮らしていますが、油断するとすぐにコンビニの袋を放置しそうになる自分に怯えています。レベル10の深淵は、物理的なゴミを片付けた後も、私の心の中に黒々と口を開けて待っています。あの地獄に戻らないために、私は毎日、たった一枚のレシートを捨てることさえ、命がけの戦いのように感じながら生きています。ゴミ屋敷は家を壊すだけでなく、人間の魂を根底から腐らせる病なのです。